スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

高取山に加藤文太郎を訪ねる

いま神戸のホテルでこの記事を書いている。
港町の夜景は本当に美しい。
(少し酔ってますが、ご容赦を)

きょう9月6日、ずっと以前から必ず登ると決めていた六甲山系の西側に位置する「高取山」に登って来た。
念願が叶った日だ。

高取山から見た神戸の街
CIMG3445.jpg

関西にもネット経由だけではなく、紹介系のお客様は多い。
特に、大阪と神戸はマーケットが大きいから、東京、神奈川、埼玉、千葉に次いで当然多くなる。

今回の出張は、神戸が本社のお客様の複合機入れ替えの商談だ。
というか既に決まっている。
全国の営業所、支店に納入させていただくので、明日ご挨拶に行くのだ。
そして、どうせ神戸に行くならば前日に入って、高取山に行こうと決めたのだ。

高取山。
標高は、たった328メートル。
東京の高尾山でさえ599メートルだ。
しかし、ここは私に多大な影響を与えた新田次郎の小説

『孤高の人』

の冒頭に出てくる山。

そして、その主人公である加藤文太郎が何度も訪れ、通り過ぎ、トレーニングを積んだ山なのだ。


----------------------------------------------------
以下『孤高の人』 プロローグ
----------------------------------------------------

雪がちらついているのに意外なほど遠くがよく見えた。厚い雪雲の下面と神戸市との間の空気層の間隙の先に淡路島が見えた。雪雲の底の平面は、鉛色をした海と平行したまま遠のいて行って、水平線との間に、くっきりと一条、青空を残して終っていた。そこには春のような輝きがあった。

 神戸市の背後の山稜を覆った雪雲の暗さから想像すると、間もなくはげしい風を伴った、嵐にでもなりそうな光景であった。神戸としては珍しいことである。

 若者は、その雲の底を生れて初めて見る怪奇な現象であるかのように見詰めていたが、首が痛くなると、眼を足もとの神戸市街とそのつづきの海にやった。神戸に生れて、神戸に育っていながら、このたった、三二〇メートルの高取山の頂上に、こんなすばらしい景観が展開されることをこの瞬間に発見したような気がした。

鈴の音がした。
若者が立っている高取山の頂上のすぐ下に高取神社がある。鈴が鳴ったのは参詣人があったことになる。

「この寒いのに、ものずきもいるものだ」
若者は、そのものずきの中に自分自身を含めて嘲った。間もなく老人が、ひっそりと足を延ばすような歩き方で山の頂に現われた。老人はひっそりと来て、ひっそりと眼を海の方に投げた。老人の呼吸には乱れがなく、まるで平地を歩いて来て、たまたまそこに立止ったような姿であった。
老人はかなり時代がかった鳥打帽をかぶり、運動靴を履き、左手に防風衣を持っていた。今日はじめてこの山へ来たのでないことは明らかであった。

(中略)

「大雪になるでしょうか」
 若者は老人に話しかけた。

「大雪?」
 老人は空を見た。

「多分降らないでしょうね、やがて雪雲は切れて、きらきら輝く冬景色になる」
「分るのですか、それが、なぜでしょう」             

「理由はない。加藤文太郎の命日は毎年天気がよかった。だから今年もそうでなければならない」

「加藤文太郎というと?」
 若者はやや首をかしげて聞いた。

「不世出の登山家だ。日本の登山家を山にたとえたとすれば富士山に相当するのが加藤文太郎だと思えばいい」
 老人の声は意外なほど若かった。

「さしつかえがなかったら、その人のことを話して下さいませんか、・・・・ここは寒いから、どうです、すぐ下の茶屋で・・・・・」

「いや寒くはない。それに風もない。加藤文太郎のことを話すには、此処がもっともふさわしいところだ、此処は加藤文太郎が最も愛していた場所のひとつなんだ」

(中略)

「加藤は生れながらの登山家であった。彼は日本海に面した美方郡浜坂町に生れ、十五歳のときこの神戸に来て、昭和十一年の正月、三十一歳で死ぬまで、この神戸にいた。彼はすばらしく足の速い男だった。彼は二十歳のとき、六時に和田岬の寮を出て塩屋から山に入り、横尾山、高取山、菊水山、再度山、摩耶山、六甲山、石の宝殿、大平山、岩原山、岩倉山、宝塚とおよそ五十キロメートルの縦走路を踏破し、その夜の十一時に和田岬まで歩いて帰った。全行程およそ百キロメートルを十七時間かけて
歩き通したのだ」

(中略)

「・・・だが人間的にも、彼は他の追従を許さぬ程立派な男であった。彼は孤独を愛した。山においても、彼の仕事においても、彼は独力で道を切り開いていった。仕事に対するときと同じ情熱を山にもそそいだ。昭和の初期における封建的登山界に、社会人登山家の道を開拓したのは彼であった。彼はその短い生涯において、他の登山家が一生かかってもできない記録をつぎつぎと樹立した。その多くは冬山であった。サラリーマンとしての限られた休日を利用してそれをやったのだ。一月の厳冬期に、富山県から長野県への北アルプス縦走を単独で試みて成功したのも彼が最初であった。食糧も装備もすべて彼独特の創意によるものが多かった。彼は疲れると熊のように雪洞にもぐって眠り、嵐が止むと、また歩いた。不死身の加藤文太郎、単独行の加藤文太郎と言われるようになったころ、彼はもう山から離れら
れないものになっていた」

「その不死身の彼は実際は不死身ではなかったのですね」

「いや、不死身であった。彼は山で死ぬような男ではなかった。被はきわめて用心深く、合理的な行動をする男であった。いかなる場合でも、脱出路を計算した上で山に入っていた。その彼がなぜ死んだか。
それは、そのとき彼が単独行の加藤文太郎ではなかったからだ、山においては自分しか信用できないと考えていた彼が、たった一度、友人と一緒にパーティーを組んだ。そして彼は、その友人と共に吹雪の北鎌尾根に消えたのだ」

 老人は眼を空に投げた。老人が予言したように張りつめていた雪雲に穴が明いて、そこから光の束が神戸市街を照らしていた。
「見えるでしょうあの和田岬のあたりの日の当っているところ・・・加藤文太郎はあの造船所に技師として勤めていたのです」

-------------------------------------------------
こちらのサイト

からコピー&ペーストさせていただきました。
厚くお礼申し上げます。
-------------------------------------------------

早朝の新幹線で東京を発つ。
新神戸に向かい、そこからタクシーでホテルへ。
スーツケースをデポして、すぐに電車で三宮からJR兵庫駅へ。
なぜ兵庫駅かというと、わけがある。
加藤文太郎が技師として務めていた三菱重工の神戸造船所と、住んでいた寮は和田岬にあり、そこから高取山に向かうとなれば、そのあたりを通ったと推測したからだ。
(多分、合っている)

歩き始めたのは10時半頃になってしまった。

それにしても暑い。
東京は29度という予報だったが、関西は33度・・・
この気温で低山はキツイはずだが、加藤文太郎の足跡をトレースしているのではないかという高揚感の方がずっと強くて、暑さがそれほど気にならない。

山に行く時は必ず地図を持っているが、今回はファミリー向けのハイキングコースなので問題ないという判断から、買わなかった。

だから紆余曲折の末に登山口へ。
地図が無いことは、もっと後にも後悔することに…

登山道は整備された階段の連続。毎日登山をしている皆さんのための道らしく、神社とお茶屋さんが点在する。
頂上にある高取神社への表参道なのだろう。

樹木が鬱蒼と茂り、木陰はやや涼しい。
そこをひと登り。

そして、とうとう来た。
高取山。

CIMG3447.jpg

三菱重工業 神戸造船所が見える。

CIMG3453.jpg

君は、そこの優秀な技師だった。
大学出の技師も敵わぬくらいの技師だった。

その当時、空港も、スタジアムも、高層ビルもマンションも無かっただろう。
ここで、どんな景色を見て、何を思っていたのか。

感無量。

私は君を想う。
君は31歳で北鎌尾根に消えた。
もう、私の方がずっと年上になった。
君がもし私の歳までもし生きていたら、一体どんな凄い登山家になっていたのだろう。

神社にも参拝。
そしてまたしばらく神戸の街を眺めては、君がどんな人だったかを考える。

だが、そんな時でもお腹は減るものだ。
新幹線でガッツリ系の駅弁を食べても、センチメンタルな気分に浸っていても。

一応、運動用の服装で、小さなザックも背負っているが、食料も何も持っていない。
だから、そろそろどこかの店でランチタイムにしなければ・・・
登ってくるときにチェックしたお茶屋さんで「うどん」を食べよう!
ってことで、下山開始。
その後は、ホテルに戻ってシャワーを浴び、ビールを飲んでから元町でも歩こうという計画。
私は加藤文太郎のようにストイックではないのだ。

神社の階段を下ったところに、道標がある。
こっちは何とかのバス停へ、こっちはどこそこ経由でなんとか駅へのようなものだった。
しかし、そこに「六甲全山縦走路」という表示があった。

全山縦走…
縦走路…
ジュウソウロ…
じゅうそうろ…
ぜんざんじゅうそう・・・

次の瞬間、加藤の単独行魂が乗り移っていた。
その表示の方へ歩き始めていたのだ。

六甲山系のことは何もわからない。
街だって全くわからない。
そして地図も食料も何もない。

しかし、ここに来る前に、いろいろなブログなどで読んだ情報を総合すれば、この縦走路を更に西に進むと、須磨アルプスの馬の背という岩場があったはずだ。
ここが、写真でしか見ていないが、なかなか雰囲気のある岩場だった。
最初の計画では、そちら方面から高取山を目指すはずだったのだが時間的に無理したくなかったので、今回のルートに変更したのだ。

だが、もう西の方角へ歩き始めた。
腹は減っているが、爽快な気分で妙法寺方面という表示に向かって、山らしくなった道をグングン下る。
ヘッドライトもあるから夜になっても構わない。
余程のことがあれば、南に降りれば必ず街があることがわかっている。
だから加藤文太郎になったつもりで下る。
途中で抜き去ったオジサンに「おー元気やなー、スピード違反で捕まるでー」と言われた。
関西では、こういうオッチャンが普通にたくさんいるから楽しい。

公園のグランドのような場所まで来ると、住宅街に入る。
そこから、少し大きな道路に出るのだが、道がわからない。

CIMG3452.jpg

こういった「六甲全縦」という看板もあるのだが、私は一般ルートの逆に進んでいるので、このような看板を確認するためには、ポイント、ポイントで後ろ向きにならなければならない。
山歩きには、地図をケチってはいけないことがわかった。良い教訓だ。

高速道路の下を過ぎ、大きな団地の集落に出た。
看板の向きから考えて、そこを右折する。
しかし、なんだか妙法寺という駅に出て、その先に縦走路はどう見てもなさそうだ。
しかも、山が反対側に見えている。
どこの何という山なのか、見当もつかない。

加藤君、やっぱりオレは君とは違うよ。
ここでリタイヤだ。
駅に行けば何か食べ物屋さんもあるだろう。
腹が減って動けなくなっちゃうよ。
勘弁してね。

と、心の中でお願いして駅に向かう。

妙法寺駅には、大きなショッピングセンターが隣接している。
そこの1階にあるそば屋さんで、やっとランチにありついた。

CIMG3450.jpg

関西では「うどん」が正解だなと思った。

あー、でも、お腹いっぱい。
さあ、どーしようかな。
もう暑いし、疲れたし、ここから電車で帰るとしよう。
と、改札に向かう。

だが実はまだ葛藤していた。
「こんなに暑いんだから、ここから電車でホテルに帰って冷たいビール飲めよ」
といういつもの自分。

そして「ここに何しに来たんだ?」と加藤魂が少し残っている自分・・・

加藤魂が勝った。
馬の背方面は道がもうわからなそうだから、ここまで来た道をもう一度戻ることに決定。
また、登り返すのだ!

もちろん、結構な距離があるからキツイだろう。
なにしろこの暑さだ。
高取山が遥か遠くに見える。

CIMG3451.jpg

しかし、ここで耐えれば経営者として一皮剥けるのだ!と屁理屈を作りながら汗だくで登った。

そしてまた六甲山系の山々、神戸市街を見下ろす美しい景色を見る。
午前中には見えていなかった堺市や岸和田市なども見えた。

CIMG3454.jpg

加藤文太郎のおかげだ。
またしばらく登山道に設えてある木のベンチに座って、ボーっと神戸の街を眺めていた。


午前中に登ってきたコンクリートの道、階段を「長田小学校前バス停」方面に下る。
また元気に下って抜き去ると、オッチャンにやじられる。
甲子園のヤジがユーモアに溢れた一級品であることが良く分かる。

街中に出て、さらに歩き続けると「長田神社」という大きな社があった。
我々は阪神淡路大震災で長田区は大きな被害を受けたことを知っている。
だからというわけではないが、参拝。
もう起こらないことを祈願。

更に少し歩いて地下鉄の長田駅から電車に乗り、ホテルに戻った。

若かりし頃、あこがれていた人の第二の故郷を、ほんの一部だが歩くことができた幸せな一日だった。

加藤文太郎についての

この記事

もよろしく。

それから下のボタンも必ずクリック!

にほんブログ村 アウトドアブログ 登山へ
にほんブログ村

ご利益があるよ。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

辻本孝良

Author:辻本孝良
東京都中央区で会社経営してますがビジネス関係の記事はほぼありません。
山とか酒とかB級グルメとか阪神タイガースとかの、どうにもならないような記事ばっかりです。

50歳を過ぎているというのに志の低いブログでごめんなさい。

会社のサイトは 

http://www.e-crossroad.jp

Facebookは  

facebook.com/takayoshi.tsujimoto

Twitterは  

http://twitter.com/t_tsujimoto

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。